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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)4463号 判決

原告

山口俊明

右訴訟代理人弁護士

内田剛弘

羽柴駿

被告

株式会社時事通信社

右代表者代表取締役

大畑忠義

右訴訟代理人弁護士

中村巖

山嵜進

築地伸之

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、昭和五五年一〇月三日付けでしたけん責に処する旨の懲戒処分が無効であることを確認する。

2  被告は、原告に対し、金七四万七六三八円及びこれに対する昭和五六年五月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び第二、第三項について仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  請求の趣旨第一項記載の原告の請求に係る訴えを却下する。

2  同第二項記載の原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告は、ニュースの提供を主たる業務目的として東京本社を中心に全国約八〇か所の支社、総局、支局を有し、海外にも多数の特派員を派遣している株式会社である。

原告は、昭和四二年三月に大阪外国語大学ロシア語科を卒業して、同年四月に被告会社に入社して、大阪支社、本社第一編集局スポーツ部、同経済部、モスクワ特派員を経て、本社第一編集局社会部に勤務している者であり、昭和五三年四月から科学技術庁の科学技術記者クラブに所属している。また、原告は、時事通信労働組合(以下「組合」という。)に加入して中央執行委員、副委員長などを歴任したが、昭和五一年三月にこれとは別の労働組合である時事通信労働者委員会(以下「労働者委員会」という。)の成立後はその代表幹事の一人となつて現在に至つている。

2  原告の年次有給休暇の請求

原告は昭和五五年当時においては前年度の年次有給休暇の繰越日数二〇日間を加えた四〇日間の年次有給休暇日数を有していたので、同年六月二三日、関口社会部長に対して、あらかじめ口頭で、同年八月二〇日ころから約一か月間有給休暇をとつて欧州の原子力発電問題を取材したい旨申し入れたうえ、同年六月三〇日に休暇及び欠勤届(同年八月二〇日から九月二〇日まで。ただし、うち所定休日、時短休日を除いた有給休暇日数は二四日)を提出して、有給休暇の時季指定をした。

3  被告の対応

原告は同年八月二二日から同年九月二〇日までの間、欧州の原子力発電問題を取材する旅行に出発、その間勤務に就かなかつた。これに対し、被告は、同年九月六日から同月二〇日までの間の休日を除く一〇日間について時季変更権を行使したとして、同年一〇月三日に、原告に対して、この一〇日間について業務命令に反して就業しなかつたとの理由で懲戒処分としてのけん責処分を行い、また、同年一二月に支給された賞与において、この一〇日間の欠勤を理由として金四万七六三八円を少なく支払った。

4  懲戒処分の無効

原告は、前記のように適法な年次有給休暇の請求を行つたうえで勤務をしなかつたのであり、被告の行つた時季変更権の行使はその適法とされる要件を欠いて無効であるから、この欠務を理由とする懲戒処分は無効である。

5  原告の損害

被告が右違法な時季変更権の行使に基づいて金四万七六三八円の賞与の支払をしなかつたこと及び原告に対して懲戒処分を行つたことは、被告の故意又は過失による不法行為に該当するものであるから、被告は原告がこれによつて被つた損害を賠償すべきものである。そして、原告は右の不払分相当額の損害を被つており、また、右懲戒処分によつて原告が著しく名誉を傷つけられたことによる精神的苦痛に対する慰謝料は少なくとも金五〇万円を下ることはない。更に、原告は右懲戒処分の無効確認とこれらの損害の賠償を求めるため本件訴訟を提起したが、その訴訟追行のためには弁護士にこれを委任せざるを得ず、そのために金二〇万円を支払つた。

6  よつて、原告は、被告に対し、右懲戒処分の無効確認と不法行為による損害賠償請求として金七四万七六三八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年五月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

本件のけん責処分によつて原告が被つた不利益は賞与の一部が控除されたというだけであつて、この不利益を回復するためにはその控除された金員の支払を求めれば足りるのであるから、そのほかにけん責処分の無効を確認する利益はない。従つて、右けん責処分の無効の確認を求める訴えは不適法として却下されるべきである。

三  本案前の主張に対する原告の反論

被告会社の職員懲戒規程によれば、けん責は規律違反行為が存在することを前提として行われる懲戒処分の一種であつて、けん責処分が有効であるとすれば原告には規律違反行為があつたものとして社会生活上多大の不利益を被ることが明らかであつて、この不利益を免れるには端的にけん責処分の無効確認を求めるのが最も有効適切である。更に、右懲戒規程によればけん責は始末書をとり将来を戒めるものであるとされているところ、原告は未だ始末書を提出していないから将来始末書不提出を理由として懲戒解雇を含む懲戒処分を受ける危険が現に存するのであり、また、右懲戒規程ではけん責処分を受けた者は向こう一年間に更に処分を受けるときには一級重い処分を受けるものとされている。従つて、これらは本件けん責処分による重大な不利益であつて、単に金銭の請求によつて回復し得ないものである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4及び5の事実は否認する。

五  抗弁

被告会社は、原告の年次有給休暇の時季指定に対し、事業の正常な運営を妨げる事情が存在したので、時季変更権を行使して勤務に就くよう業務命令を発した。ところが、原告は、被告会社の時季変更権の行使を無視し適法に年次有給を取得したとして勤務を命じられた日に欠勤した。原告のこの行為は、被告会社の職員懲戒規程四条六号の「職務上、上長の指示命令に違反したとき」に該当するので、被告会社は、原告をけん責処分にし、また、昭和五五年一二月の賞与の支給にあたり、欠勤者についての賞与額の支給方法を定めた支給規定に従つて計算を行い、欠勤がない場合に比して四万七六三八円少ない金額を支給することにした。

1  原告の年次有給休暇の時季指定と被告の時季変更権の行使

原告は、請求原因第2項記載のとおり、昭和五五年六月三〇日に八月二〇日から九月二〇日までの休暇及び欠勤届(所定休日、時短休日を除く有給休暇日数は二四日間)を提出し有給休暇の時季指定をした。これに対して、関口部長は、科学技術庁記者クラブの常駐記者は原告一人であつて一か月も専門記者が不在では取材報道に支障をきたす恐れがあり、代替記者を配置する人員の余裕もないことから、原告に対して、二週間づつ二回に分けて休暇をとつて欲しい旨回答し、同月七月一六日付けで八月二〇日から九月三日までの休暇は認めるが、同月四日から二〇日までの期間(ただし、原告が有給休暇の始期を遅らせた場合には、九月四日からその遅らせた日数だけ後の日から同月二〇日までの期間)に属する勤務日については業務の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使した。

2  被告会社の業務と組織

(一) 被告会社は、マスコミ関係各社、官公庁、一般企業等に対して有償のニュースサービスを行い、出版物等を刊行している通信社であるが、もともとマスメディアニュースサービスを行わない専門通信社として発足し、昭和三九年から初めてマスメディアニュースサービスを開始したにすぎず、新聞、放送等へのニュース提供を主体とする通信社ではないため、この部門については他の通信社、新聞社等に比し人員が少ないという特殊性を有している。被告会社の従業員数は一二一七名であるが、そのうち編集関係は第一、第二編集局をあわせて四一二名にすぎない。

(二) そして、被告の本社の第一編集局には三七八名の従業員がおり、このうち取材活動を行つているのは、政治部約三〇名、経済部約五〇名、社会部約四〇名、内政部約三〇名、運動部約二五名、商況部約二一名、証券部約三八名、水産部約一五名、写真部約一七名の九部合計約二七〇名である(その他に取材活動を行つているのは第二編集局の文化部約一〇名がいる。)。このうち、一般ニュースの取材にあたる部としては、政治、経済、内政及び社会の四部にすぎない。これら四部については、取材の対象が重複することもあるが、各部の取材の関心、観点はおのおの異なつていて各部ごとの専門知識が必要とされるので、各部はそれぞれ独立に仕事を行うという独立した一個の事業体のような観を呈していて、各部の記者が病気等の理由で長期に欠勤するような場合には各部単位で代替要員の確保を行つて他部の手を煩わさないこととしており、このような運用の在り方が慣行化している。

(三) 原告は被告本社の第一編集局社会部に所属しているが、社会部は、昭和五五年八月当時四一名で構成されており、そのうち内勤者は一〇名、外勤者は三一名であつた。その内訳をみると、内勤者は、関口部長のほか、デスク(次長)四名、デスク補助二名、遊軍三名であり、外勤者は、警視庁関係担当者が十三名、司法関係担当者が四名、その他各省庁、国会等の担当者が一四名であつた。このような社会部の構成員数は共同通信あるいは中央紙各社と比較すると、前記のような被告会社の特殊性からその半数以下にすぎず、そのため、他社に比べて各構成員の職務分担範囲が広く、各記者クラブへの派遣人数にしても人的余裕が全くない状態となつている。

3  原告の担当職務

(一) 原告は、昭和五三年四月から科学技術庁及び日本学術会議を取材担当することとなり、科学技術記者クラブに加入して仕事をしていたものであるが、前記のような被告会社の人員構成から本件当時に同記者クラブに加入していた被告会社の記者は原告ただ一人であつた。この科学技術庁担当記者としての取材対象の範囲は、核融合などを含む原子力関係、風力、太陽熱等の原子力以外のエネルギーの研究開発関係、宇宙開発関係、海洋資源開発関係、遺伝子組替え等を含むライフサイエンス関係及び防災科学技術関係という多岐の分野に及んである。

(二) このうち、昭和五四年三月のスリーマイル島原子力発電所の大事故以来原子力発電所その他原子力研究施設の放射能漏れ事故に対する一般の関心が高まつており、原告の取材対象としても原子力関係が大きな比重をもつている。ところで、一口に原子力関係といつても、その行政管理体制としては実用発電用原子炉は通産省、実用船舶用原子炉は運輸省、試験研究用及び研究開発段階の原子炉は内閣総理大臣及びその委任を受けた科学技術庁が担当し、また、これと別個に総理府に原子力委員会及び原子力安全委員会が置かれ、このうち原子力安全委員会が各省庁の安全規制業務を再審査するという体制となつていた。原告は、この原子力委員会、原子力安全委員会及びこれらの事務当局である科学技術庁を担当して、原子力の安全規制関係全般をその職務としていた。従つて、原告は、実用発電用原子炉以外の実験研究段階の原子炉等の問題を専門にカバーするとともに、いつたん重大事故が発生したような場合には、所管官庁の相違や原子炉の種類にかかわりなく、事故原因に関する技術的解説記事、周辺の環境に及ぼす影響や安全規制に関する専門記事を一手に引き受ける原子力関係の専門記者としての立場にあつた。このように科学技術庁担当の社会部記者にはその取材対象についての専門知識の修得と経験が要求されるのであり、原告も科学技術庁担当となつてからは、一年間の育成期間を設けるなどして本件当時の時点に至るまでの間二年数か月の経験を有しており、その知識と経験の修得に努めていた。

4  事業の正常な運営を妨げる事情の存在

(一) 原告が請求した休暇は八月二二日から九月二〇日までの休日を除く二二日間という長期の連続的休暇である。原告が従事する業務が、定型的な作業を業務の内容とする現業労働者と異なり、社会的事象の取材という仕事の内容、業務量、難易度を事前に予測することが困難な業務であることからすると、時季変更権行使の要件としての業務の阻害については、休暇の期間の長さがその重要な判断要素となり、このような休暇の時季指定が事業の正常な運営を妨げるかどうかについては、そのうちの当初数日間はともかくとしてもその後半の部分についてはその判断は相当程度緩和されるべきものであつて、ある程度のがい然性があれば足りるものというべきである。更に、休暇が労働者に休息を与え、あるいは労働力を維持培養するために利用されるものであることからすると、休暇日数の全部を長期連続的に取得するのではなく、一ないし二週間程度の期間を単位として取得するのが望ましいというべきものである。

(二) このような観点から原告の休暇の時季指定についてみると、原告の一月にわたる休暇については、原告の代替要員を確保することは極めて困難であつた。前記のように科学技術庁担当記者は原告一人しか配置していないので、原告の休暇中は代替要員でこれをカバーしなければならないが、科学技術庁担当記者の職務は極めて専門性の度合いが高く被告会社の記者ならだれでもその代りが勤まるというものではない。そして、昭和五五年当時においては科学技術庁に関して原告に比肩し得るだけの経験を有する記者は社内にはいなかつた。あえていうならば社会部デスク補助兼気象庁記者クラブ所属の田中記者が一時期科学技術庁を担当したことがあるが、同記者を原告に代替させると社会部デスク補助に欠員を生じるほか、同記者が病弱であることなどを考慮すると到底原告の代替を行わせる状況にはなかつた。また、前記のような被告会社の社内体制から、原告の代替要員は原告の所属する社会部から求めざるを得なかつたし、昭和五五年夏当時は大事件が多発し社会部としては多忙を極めており、通常でも夏休み期間中で人のやり繰りが苦しい時期であつたので、他の記者の休暇の取得状況とも照らしあわせると(被告会社の社会部のうち原告を除く四〇名の同年七月二〇日から九月三〇日までの夏季期間中の平均休暇日数は11.7日、有給休暇取得日数は3.9日である。)、一月もの長期間代替要員を社会部から出すことはできない状況であつた。しかも、原告の本件有給休暇の取得については、このように長期間であるにもかかわらずわずかその約二か月前になつて時季指定がされたもので、被告会社としては、前記のような事情から相当の対応措置をとるには時間的にも困難であつた。

(三) さらに、科学技術庁の専門記者である原告が一月もの間欧州旅行に出発して不在であるということでは、万一原発事故等が生じた場合の連絡、執務に重大な支障が生じることは明らかである。

(四) 以上のような事情があるので、被告会社は、代替要員確保の可能性、連続する二週間程度の期間があれば海外旅行の目的も達しうること、被告会社において記者がとつている夏休みは通常一週間程度で、有給休暇の年間消化日数もせいぜい一〇日程度であること等を考慮して、後半部分の一〇日間についてのみ業務の正常な運営を妨げるものであるとして、時季変更権を行使した。

六  抗弁に対する認否及び原告の反論

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実中被告会社の機構、被告会社が他の通信社、新聞社等に比して小規模であることは認めるが、被告の主張は争う。

被告会社では各部の記者がそれぞれ一応の担当部門(記者クラブ)を割り当てられているが、この割当て自体は必然的な理由に基づくものではなく、また、それは非常に流動的であるから、ある記者の担当部門は少なくとも同一部内では他の記者が担当することは常に可能である。そのうえ、被告会社の場合には、第一編集局内において相互に人的交流があり、また、部間協力が日常的に行われていたことからすると、時季変更権行使の際に判断される「事業場」とは、社会部だけに限定するのではなく、社会部とも取材分野も共通する経済部、政治部などを含めた第一編集局全体としてこれをみるべきものである。

3  同3の事実中、原告が科学技術庁及び日本学術会議を担当する科学技術庁記者クラブ所属の唯一の記者であること、原告の取材対象としては原子力関係が大きな比重を占めていることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告は、科学技術庁担当記者には専門的知識と経験が必要であるとして原告の職務の非代替性あるいは代替の困難さを主張するが、およそ記者たるものはだれでもある対象分野を初めて担当するときにはほとんど無知の状態から出発するのであり、知識や経験がないからといつて取材や送稿をしないということは許されないのであつて、現に原告自身も外国語大学出身で理工系については素人同然であつたが、工夫を重ねて初めから記事を書いている。従つて、極端にいえばいかなる記者も原告に代替し得ないとはいえないのである。また、被告の主張する科学技術分野の専門性、重大性ということからいえば、被告は、科学技術記者クラブには常勤として原告一人を配置し、ほかには非常勤の者すら一人も配置していないのであつて、まさに異常かつ特異な人員配置である(社会部に関係する記者クラブの人員配置としては、常勤、非常勤含めて一人だけの配置というのはほかに東京航空記者クラブだけであるし、他社では朝日新聞社の一一名を筆頭として地方紙においても複数配置をしている。)。被告の主張する代替要員確保の困難性はこのような被告の科学技術分野の軽視とこれに基づく人員配置の不適切に基づくものにほかならず、被告が意図的に原告を孤立化させ、ことさらに困難な勤務条件を強いた結果というべきものである。

4  同4(一)の被告の主張は争う。年次有給休暇は労働者が人として健康にして文化的な生活を営んでゆくための時間的条件を週休制度と並んで保障しているものであり、また、国際的にみても昨今の日本を取り巻く情勢からして労働時間の短縮は我が国全体の緊急課題の一つであることからすると、労働者が年次有給休暇をできるだけ多く消化すること、特に夏季休暇としてまとめて消化することが望ましいのであつて(政府もこれを奨励しており、また、国際的大勢としても二週間以上の長期連続休暇の取得は当然のこととされている。)、企業としても人員配置その他の条件を整備してこれを積極的に推進することが要請されている。原告は被告会社が自ら定めた就業規則に基づいて四〇日の年次有給休暇日数を有していたのであり、これを全部消化するには夏季休暇として少なくともその半分程度を消化していなければならないから、原告が本件において時季指定したのはまさに被告会社において当然予定し、かつ、これに対応し得るだけの措置がとられていなければならない範囲内のものであつて、決して被告会社にとつて酷なことを強いるものではない。現に、被告会社における過去の実例をみても、昭和五五年以前の六年間に限つても一四例もの長期休暇、出張がされているのであつて、原告が申請した程度の長期休暇は決して異例のことではない。使用者が行う時季変更権の行使は、あくまで例外的に、当該休暇により使用者の事業場全体の運営に通常の場合とは異なる特別に重大な支障が生じると客観的かつ明白に認められる場合に限つて許されるものというべきである。

(二)の原告の代替要員の確保が困難であるとの主張は争う。原告の代替要員としては、原告と同じくマスコミに勤務する記者ならだれでも原告の代替を行うことが記者として要請されており、実際にこれを行うことができること、その要員としては社会部に限らず経済部等の記者でも十分に勤まるものであることは前記のとおりである。そして、原告の代替要員を被告会社において確保することは十分に可能であつた。すなわち、まず、社会部の所管する記者クラブの半数以上には記者が複数配置されており、これらの者を臨時に科学技術庁担当に派遣することができるし、仮にそうはできないとしても社会部には記者クラブに属しない遊軍記者が三名いて随時待機態勢にあつたのであるから、これらの者による代替が可能である。実際にも、デスク補助兼気象庁記者クラブの田中記者はかつて科学技術庁記者クラブに所属し、原告の休暇のの際に原告の代行を行つたこともあるので、本件の場合にも十分に代替が可能であると考えられたし、現に本件においても原告を代替して何らの支障も生じなかつた。また、原告が担当する原子力発電関係は、研究用原子炉を除き通産省の所管とされていることや原子力もエネルギーであることから、経済部の通産省担当記者や電力業界担当記者と取材対象が重複しているので、原告が休暇をとつたからといつて原子力発電担当記者が不在ということにはならないのであるし(従来は原子力発電関係全般を通産省担当の経済部記者がカバーしており、敦賀やチェルノブイリの原発事故の場合には経済部が取材の中心となつている。)、原告と労働者委員会は原告の本件休暇の時季指定にあたり、エネルギー記者会の中村、大野記者と通産省クラブの岡記者という原発関係分野担当記者三名がカバーすることを申し出ている。

また、被告は、原告の有給休暇の時季指定が夏休みの人のやり繰りの苦しい時期であつて、他の記者の休暇の取得状況に照らして長期にすぎるとし、このような長期の休暇であるにもかかわらず指定が遅かつた旨主張している。しかし、夏休み期間中は一般に行政庁の業務も閑散であるため被告会社の記者の業務量も比較的少ない時期であるし、原告と同時期に経済部の梅本記者と社会部の長沼記者がそれぞれ二〇日以上の休暇を休暇開始前のわずか一二日程度の時期に指定した際には、被告会社は何ら時季変更権を行使することなくこれを承認している。むしろ、原告の時季指定はこれらに比べると休暇開始の二か月も前にこれを行つているのであるから、時間的に代替要員を確保する時間的余裕は十分にあつたはずであつて、被告の主張は全く理由がない。

(三)の被告の主張は争う。原告は本件有給休暇の時季指定に当たり、事前に各大使館の科学アタッシェに取材協力を依頼してあらかじめ了解を得た上で、原告の連絡先としてこれらの大使館をあげており、また、休暇期間中に原発の重大事故等が生じた場合には休暇を切り上げて直ちに帰国する用意があることを被告会社に伝えている。

(四)の主張は争う。

七  再抗弁

原告は、労働者委員会の活動家として労働運動を担つてきた者であるが、被告会社はかねてから徹底して労働者委員会を敵視し、従来の組合と差別して対処して不利益処分を繰り返している。すなわち、被告会社は、原告が海外特派員としてモスクワ支局に駐在中、原告が送稿した記事について一方的に拒否的態度をとり、原告がこれに抗議して一時期出稿を拒否するとこれを奇貨として原告に帰国打診を行つてきた。その後ソ連当局から原告が理由なく国外追放されそうになると、被告会社は原告の立場に立つて抗議を行うどころか穏便な処理をするために原告の納得を得ないままに後任人事を強行して原告が帰国せざるをえないようにするなどの不当な措置をとつた。更に、こうして帰国した原告の所属部署については、従来海外特派員から帰国すれば特派員となる前の部署に戻ることが被告会社の慣行となつているのに、原告についてだけはもとの経済部に戻さず、具体的部署のない第一編集局勤務としたり、次には同局整理部に配転し、原告が不当労働行為を理由とする裁判闘争を行つて後も社会部に配置させて、今日まで経済部に戻していない。また、この間、この問題についての経済部長と同部員との会合に原告が出席しようとしたことを契機としてされた抗議行動について、被告会社は原告を戒告処分にしている。このように被告会社は、原告及び労働者委員会に対する明白な差別的取扱いを重ねているのであり、このような被告会社の不当な意図の存在する事実に加えて、本件の原告の休暇請求の場合については、原告の休暇の取得によつても具体的な事業への支障が予想されていないのにもかかわらずかたくなにこれを承認することを拒んでいること、これまでの前例や同時期の同種の事例に較べると原告についてのみ異例ともいえる程厳格な取扱いを行つていること等を考え併せると、本件の時季変更権の行使及び懲戒処分は原告の労働運動を弾圧しようとの目的のもとに行われたものであるというほかはなく、不当労働行為として無効である。

八  再抗弁に対する認否

再抗弁事実中、原告がモスクワ支局在勤中被告から後任人事を発令して原告を帰国させたこと、原告の帰国後の所属箇所及び原告が戒告処分を受けたことがあることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告会社は労働者委員会及びその構成員である原告についてこれまで差別的取扱いを行つたことはない。原告が不当であると主張する被告会社の原告に対する処置についても、海外特派員が帰国後派遣前の部署に戻るとの慣行は存在しておらず、原告の場合には、原告がモスクワ特派員の任を解かれるにあたつて原告自身の記者としての仕事に相当問題があつたので編集局各部が原告を必要としなかつたための措置であるにすぎない。また、原告に対する懲戒処分についても、この人事問題から派生した原告の不当な行動に対してやむを得ずされたものであつて、これらは労働者委員会の一員である原告を敵視したことによるものではない。そして、本件時季変更権の行使は被告会社内の状況を考慮してやむを得ず行つた合理的な理由に基づく正当なものであり、懲戒処分は、このような時季変更権の行使にもかかわらず原告がこれを無視して一〇日間欠勤したことによりされたものであつて、これらの行為が不当労働行為とされるいわれはない。このことは、原告と同じく労働者委員会の構成員である梅本及び長沼両記者からの本件と同時期の有給休暇の時季指定について、被告が事業運営に対する支障がないことからこれを承認して時季変更権の行使をしなかつたことからも明らかである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告の本案前の主張について

被告は、原告のけん責処分無効確認の訴えについて確認の利益がなく、不適法として却下すべきものである旨主張する。しかし、〈証拠〉によれば、被告会社の職員懲戒規程では、けん責処分は職員に対する懲戒の一つとして始末書をとり将来を戒めるものとされており(二条二号)、また、職員が戒告、けん責あるいは減俸の処分を受けたときには一年以内に更に懲戒に該当する行為をしたときは事情により一級重く処分するものとされている(八条一項)ことが認められ、この事実によれば、けん責処分を受けたことによる不利益は、被処分者の法的地位に影響を及ぼすものであつて、単に金銭の支払を求めることによつてはその不利益を十分に回復することができないものというべきであるから、端的にその処分の無効を確認することによつて現在の法律関係について抜本的な解決を図る利益があるということができる。従つて、原告がけん責の無効の確認を求める利益はこれを肯定することができ、被告の主張は失当である。

二当事者間に争いのない事実及び本件の争点

被告会社はニュースの提供を主たる業務目的とする株式会社であり、原告はその従業員で被告本社第一編集局社会部の記者として科学技術庁の科学記者クラブに所属している者であること、原告は年次有給休暇四〇日を有していたので、休暇を取つて欧州に行き欧州の原子力発電問題を取材したいと考え、昭和五五年六月二三日に関口社会部長に対して口頭で、同年八月二〇日から一か月間有給休暇をとりたい旨を申し入れたうえ、同年六月三〇日に休暇及び欠勤届(同年八月二〇日から同年九月二〇日までのうち所定休日、時短休日を除いた有給休暇日数は二四日)を提出したこと、これに対して関口社会部長は、業務の正常な運営を妨げるとして二週間ずつ二回に分けて休暇をとつて欲しいと回答し、同年七月一六日に、同年八月二〇日から同年九月三日までの休暇は認めるが、同月四日から二〇日までの一七日間(ただし、原告が有給休暇の始期を遅らせた場合には九月四日からその遅らせた日数だけ後の日から九月二〇日までの期間)については時季変更権を行使して業務に就くことを命じたこと、原告は同年八月二二日から欧州に出発し、同年九月二〇日まで勤務に就かなかつたので、被告会社は、同年一〇月三日に、原告に対し、時季変更権を行使した同年九月六日から同月二〇日までの間のうち休日を除く一〇日間について業務命令に反して就業しなかつたことを理由としてけん責処分を行い、あわせて同年一二月に支給した賞与においてこの一〇日間の欠勤を理由として四万七六三八円を少なく支払つたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。従つて、本件の争点は、被告が行つた一〇日間の時季変更権の行使が適法なものかどうかということに帰着する。

三被告会社の業務と人員配置

〈証拠〉によれば次の事実を認めることができ、これに反する的確な証拠はない。

1  被告会社の業務概況

被告会社は、戦前の同盟通信社が解散したあとをうけて昭和二〇年一一月にマスメディアニュースサービスを行わない専門通信社として創立されたもので、共同通信社に次ぐわが国二番目の規模の通信社であり、昭和五五年六月当時において、職員総数は約一二一七人で、国内八一か所に支社や支局を置き、海外二三都市に特派員を派遣しているが、企業規模としてみると新聞社に比してはもとより同業の共同通信社の職員約一九〇〇人と比べても小規模であつた。そして、共同通信社が新聞、放送等へのマスメディアニュースサービスを主体としているのに対して、被告会社は官公庁や民間企業等への専門ニュースサービスを主体としている点に特色を有しており、マスメディアニュースサービスについては昭和三九年になつて初めてこれを開始したため、マスメディアニュースサービスの収入の全収入に占める割合はおおむね一二ないし一四パーセント程度にすぎず、マスメディアニュースサービスに従事する人員も同業他社に比較して少数であつた。すなわち、ニュースの取材等に当たる第一編集局及び第二編集局の人員は四一二名であり、この人員で、専門ニュースを主体とする商況部、証券部、水産部等と、マスメディアニュースサービスを主体とする社会部、運動部、写真部、文化部等及びこれらのいずれをも行う政治部、経済部、内政部、外信部、外経部等のすべてを賄つており、そのため主にマスメディアニュースサービスを担当する部については社会部四一名、運動部二五名、写真部一七名、文化部一一名という他社に比べると小人数となつている。このため、原告が所属している社会部においても、内勤の者一〇名(うち遊軍三名を含む。)を除く三一名で官公庁を担当するため(共同通信社では社会部は九一名である。)、各官公庁の記者クラブに所属する者の数は、警視庁の一二名、司法の四名、労働省の二名を除くと常勤の記者はいずれも一名にすぎず(もつともほとんどの記者クラブについては非常勤の記者が配置されていて表面的には複数配置となつている。)、中には記者が配置されていない省庁や四つの記者クラブを一人で兼務する記者もあるといつた状態であつた。

2  各部相互の関係

マスメディアニュースサービスを担当する社会部は、その取材対象としては政治部、経済部、内政部などの取材対象先と重複することが多くあり、従つて官公庁の記者クラブにおいても他の各部の記者とともに社会部記者が配置されているが、各部はそれぞれ視点や切り込みの角度が異なるので、独自の立場から取材や送稿を行うのが原則的な形態となつている。もつとも、取材に当たつては、より正確、迅速な報道を行うために、各部内ではもちろん異なる部の間でも相互に情報を交換しあうことはあり、また、同じ記者クラブの配属記者が他に仕事があつたり休んだりしたような場合には臨時に他部の記者がこれをカバーすることがあり、これらは記者として当然のこととして行われているが、長期の病気や出張等により欠員が生じた場合には、各部の内部でやり繰りによつてこれをカバーしており、他部の記者がそのような場合にこれを代替するというようなことはなかつた。

3  原告の従事している職務

原告は前記のとおり第一編集局社会部の記者として科学技術庁の科学記者クラブ(及び日本学術会議の学術記者会)に所属している。原告が科学技術庁担当記者としてカバーすべき分野としては、①核融合を含む原子力関係(取材対象としては他に原子力委員会、原子力安全委員会、原子力研究所等がある。)、②それ以外の潮力、風力、地熱、太陽熱等のエネルギーの開発関係、③宇宙開発関係(取材対象としては宇宙開発事業団)、④海洋資源開発関係、⑤遺伝子組替え等のライフサイエンス関係及び⑥防災科学の開発関係等多岐にわたつているが、これを原告が一人で担当している。このうち昭和五五年当時においては前年のスリーマイル島原子力発電所の事故を始めとして放射能漏れ事故が続発していたところから、原告の取材対象としては原子力関係が比較的大きい比重を占めていた。

原子力関係の取材については、行政官庁の管轄としては、科学技術庁が試験研究用や研究開発段階の原子炉について内閣総理大臣の委任を受けて所管し、通産省が実用発電用原子炉を、運輸省が実用船舶用原子炉をそれぞれ所管しており、また、これら各省庁とは別個に総理府の原子力委員会及び原子力安全委員会が安全規制業務を再審査するという体制となつていることから、通産省記者クラブ(釆女会)やエネルギー記者会の所属記者と取材対象が重複することがあるが、原告は科学技術庁の担当として試験研究関発段階の原子炉関係と科学技術庁が原子力委員会及び原子力安全委員会の事務局であることから原子力の安全規制関係全般を取材の対象としていた。従つて、試験研究開発段階の原子炉に事故が発生した場合はもちろん、それ以外の原子炉に事故が発生したような場合でも、主務官庁所属の記者が事故の第一報や続報を行うのとは別個に、事故の原因や安全規制に関する技術的解説記事や周辺の環境等に関する影響などを専門的な立場から取材し送稿することが原告の職務となつている。(以上に対して原告は、被告会社においては従前原子力発電所の事故は経済部の担当とされており、現に敦賀原子力発電所の事故についての被告会社の対応も同様であつたから、経済部担当記者も原告と同様に原子力発電所の事故についての報道の知識と経験を有しており、原告の代替要員としてこれを考慮すべきものである旨主張している。そして、証人中村克の証言、原告本人尋問の結果中にこれに沿う部分があるけれども、他方、〈証拠〉によれば被告会社では同一の原子力発電所の事故においても報道内容に応じて経済部と社会部とが共同して当たるべきところ、敦賀の事故では対応に誤りがあつたため関係者が処分されていることが認められ、この事実に、原告の代替要員は社会部内で手当てするとの部の運営実態を考慮すれば、原告の右主張事実を考慮してもなお原告の科学技術庁担当記者としての専門性とその職務の非代替性が損われるものではないというべきである。)

四原告の休暇の時季指定とこれに対応する被告会社側の事情

〈証拠〉によれば、つぎの事実を認めることができ、これに反する的確な証拠はない。

1  一般にニュースの取材に当たる記者は自己の専門分野とされる事柄以外の分野についても一たん取材送稿の必要が生じれば取材に当たり記事を作成することが要請されており、当該事項が自己の専門分野ではないからといつて取材等を拒否することは許されず、また、実際にも専門分野以外の事項についての取材、送稿を行つている。そうであるから、原告が病気、所用等で勤務を欠いた場合であつても、他の同僚の記者が臨時にその代替を勤めることは自己の職務に差し支えがない限り当然のことであつて、また、これによつて直ちに大きな弊害が生じるというものでもない。しかし、他方で、原告が担当する職務は前記のとおり多岐にわたつており、その上取材対象が科学技術の専門的分野に関する事柄であつて、特に原子力関係については関係所管行政庁の行う原子力行政についての安全規制業務を専門的にカバーするものとされていたので、これに対応し得るだけの蓄積を要し、原告自身既にこれまで約二年の科学技術庁担当記者としての経験を有するところ、本件の昭和五五年当時においては原子力関係について原告に匹敵するだけの知識と経験を積んだ記者は被告会社社会部にはいなかつた。従つて、原告が勤務を欠いた場合には、原告の取材対象分野について代替の記者のカバーによつて一応の支障がない記事を送稿することはできるが、専門的立場から書く解説記事等についてはその深みなどの点において原告の書く記事に比すべくもないものとなることが考えられる。なお、当時原告に代替して取材送稿に当たることが適当とされる経験を有する記者としては、デスク補助兼気象庁記者クラブ担当の田中里見記者がおり、同記者は昭和五一年五月から昭和五四年三月まで科学記者クラブに非常勤として所属し(ただし、そのうち八か月は病休であつた。)、また、原告が昭和五三年秋に二週間中国を旅行した際に原告の代替を行つたことがあるが、同記者は病弱であり、また、社会部デスクは当時大事件が続発して多忙であつたのに次長が運動部に配属換えとなつたため一名欠けて人員不足の状態であつたことから、同記者を長期間他の記者の代替要員とすることは難しい状況にあつた(実際には、原告の欠務により同記者が原告を代替することとなつた。)。

2  原告の本件年次有給休暇の指定時期はちょうど夏休みの時期にあたつており、例年他の記者からも休暇の指定が数多くあつて人のやり繰りについて配慮を行う必要があるが(原告を除く社会部員四〇名の昭和五五年七月二〇日から九月三〇日までの間の平均休暇取得日数は11.6日、このうち年次有給休暇は3.9日となつている。また、この中には原告と同様欧州旅行に行くために二九日の休暇を取得した国会担当の長沼節夫記者がいる。)、原告が年次有給休暇の時季指定を行つた同年六月当時ではまだ他の記者の休暇の取得状況もはつきりとは確定していない時期であつた。

五被告の時季変更権の行使の当否について

以上の事実関係に基づいて被告がした時季変更権の行使の当否について検討する。

1  年次有給休暇の権利は、労基法三九条一、二項の要件がある場合に法律上当然に労働者に生じる権利で、労働者がその有する休暇日数の範囲内で具体的な休暇の始期と終期を指定して時季指定を行つたときは、同条三項ただし書の事由が客観的に存在し、かつ、使用者がこれを理由として時季変更権の行使をしない限り、労働者の時季指定によつて年次有給休暇が成立し、当該労働日の就労義務が消滅するものである。そして、同条三項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる」事由が存するかどうかについては、事業の規模及び内容、労働者の従事する職務の性質及び内容、職務の繁閑、代行者の配置の難易やこれに伴う影響の度合い、休暇の期間の長短、時季を同じくして年次有給休暇を取得しようとする者の人数その他諸般の事情を考慮して、客観的に、かつ、年休制度の趣旨に反することのないよう合理的にこれを決すべきものである。

本件においては、原告が所属する第一編集局の業務についてその正常な運営を妨げる事由があるかどうかが問題となるのであるが、本件は一か月に及ぶ連続した休暇であり、このような長期の欠員が生じるような場合には前記のように被告会社においては第一編集局内でこれを処理するというのではなく、そのうちの当該欠員の生じる部においてこれをカバーするというのが一般であり、また、これが取材の観点等からみた場合の各部の業務実態にも合致するということができるから、その判断に当たつてはまず原告の所属する社会部についてこれを判断することになる。そして、具体的には、原告が被告会社のただ一人の科学技術庁の科学記者クラブの所属記者であつたことからして、その判断に当たつては原告の代替記者を社会部内において調達することの可否及びこれにより科学記者クラブの所属記者としての職務遂行に欠けることがないかどうかが問題になる。

2 以上のような観点から本件について考えると、原告が年次有給休暇の時季指定をした期間は昭和五五年八月二〇日から同年九月二〇日までという長期かつ連続したものであること、また、原告が従事していた通信社の記者という職務は本来取材対象先に生じる事件、事故等に対応してその職務上要求される知識、経験や職務の繁閑が異なるものであり、これについての事前の正確な予測は事柄の性質上困難であることからすると、被告会社においても原告の休暇の時季指定によつて被告会社の事業の運営にどのような支障が生じるかについては厳密な事前の予測やこれについての対応を行うことは一般的に困難であり、その当時において発生が予測される事件、事故その他の社会情勢や被告会社内の事情を勘案して合理的と考えられるがい然性をもとにこれを決するほかはないものと考えられる。そして、原告が被告会社におけるただ一人の科学技術庁科学記者クラブ所属記者であつて原告の休暇の取得により被告会社としては直ちに代替記者を用意する必要が生じること、当時原子力発電所の事故が相次いで起こつており、一たん事故が発生した場合には事故の第一報などの記事は他の記者においても十分に取材報道に当たることができるが、そのほかに科学技術についての専門的立場からの取材報道の必要があり、このような点について原告を代替することができるだけの経験と知識を有する記者は被告会社には当時おらず、一応代替可能と考けられる田中記者も同記者の身体上の理由や社会部デスクの人員不足の状況から原告の代替は事実上困難と考えられたこと、原告が休暇の時季指定を行つたのは夏休み期間中であつて一般に人のやり繰りが苦しく、このような中で連続一か月にも及ぶ休暇を是認した場合には代替記者の確保がより困難となるものと考えられることなどの事情からすると、原告がした年次有給休暇の時季指定は、短期間の休暇であればともかくとしても、それ以上の期間にわたる場合には、被告会社の事業の正常な運営を妨げるものであるとすることに相応の合理性を認めることができるというべきである。

これに対して原告は、被告会社が科学技術庁担当記者の専門性を重視し、原告の欠務による事業運営上の支障を懸念するのであれば、科学記者クラブに非常勤の記者をすら配置せず常勤の原告一人だけを配置しているのは不合理であり、このような被告会社の人員配置上の不適切によつて原告の休暇の取得を制限するのは許されない旨主張する。なるほど〈証拠〉によれば、被告会社以外の通信社、新聞社においては科学技術庁分野についての取材を重視し、科学班などと称して少なくとも二人以上の人員を科学記者クラブに配置していること及び被告会社においても原告が同記者クラブに配置となる以前においては複数の記者が配置されていたことが認められる。しかしながら他方で、〈証拠〉によれば、被告会社の第一編集局社会部の実質的な人員数は本件当時までおおむね四〇名前後であまり変動はなく、科学記者クラブについても常勤の記者はほぼ一人で、あとは非常勤であつたことが認められ、この事実に前記のような被告会社の規模及び社会部の人員数を考慮すると、被告会社が科学記者クラブに複数の常勤記者を配置しなかつたことについては無理からないところがあつたものということができる。また、科学記者クラブに非常勤の記者を配置していなかつたことについては、本来記者の人員配置をどのようにするかについては被告会社の裁量によるべき事柄であり、また、非常勤の記者を配置したからといつて前記のような専門的な事項について当然に原告を代替することができるだけの知識と経験を有することになるものでもないし、本件のように原告の欠務による事業運営上の支障を考慮するに際しては現有の人員配置をもとにその有無を決するほかはないから、このことだけから被告会社の人員配置が不合理であるとして、原告の休暇の時季指定について被告会社が直ちにこれを受忍しなければならないものということはできない(なお、原告は、被告会社のこのような人員配置は原告を孤立させ困難な労働を強いる意図によるものである旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)。

次に原告は、原告の代替記者としては、原告が所属する労働者委員会の所属記者がこれに応じることを申し出ており、また、社会部の遊軍記者による代替も可能であつた旨主張する。〈証拠〉によれば、原告の休暇の時季指定当時、社会部には遊軍記者が三名おり、また、原告の休暇中の代替としてエネルギー記者会の中村記者及び通産省記者クラブの岡記者が原告を代替する意思を有していたことが認められる。しかし、右の〈証拠〉によれば、社会部の遊軍記者は特定の記者クラブに所属をしないで特定のテーマを横断的に取材する等のために設けられたものであつて、しかも、当時は遊軍記者という制度を採用し配属を行つてからわずか一か月程度経過したばかりであつて、このような時期に遊軍記者を一月間も原告の代替のために科学記者クラブに張り付けるということは全く考えられずかえつて制度の趣旨を損なうことになることが懸念されたこと、原告の代替を申し出た中村記者はエネルギー記者会に配属後わずか一月の時期でもあり、また、これらの記者は原子力発電所の事故などが発生した場合にはこれまでの経験から事故の第一報やその続報などについてはその用を足せるものといえるが、原告が従事していたような専門的立場からの解説記事などについては到底十分な記事を書くことができるものではなく、更に、原告が所管している取材対象は原子力関係にとどまらずその他の科学技術関係全般に及んでいることが認められるのであつて、これらの事実からすれば、被告会社において原告の代替記者を容易に見い出し、その者に原告の代替をさせることは困難であつたものというべきである。

更に、原告は、原告が取得しようとした休暇は今日の国際事情や政府の労働時間短縮の要請からして特に長期にわたるものではなく、かえつて使用者である被告会社においてこのような休暇の時季指定があることを当然に予定して人員配置等において対処しておくべきものである旨主張する。そして、〈証拠〉によれば、今日労働時間の短縮や休日の増加が要請されていることを認めることができるけれども、そうであるからといつて、被告会社の事業運営上の支障にかかわりなく当然にこのような休暇の時季指定が認められなければならないとすることはできないのは当然であるし、現に被告会社においては原告の休暇の時季指定に対して一五日間(休日をも含めて)という比較的まとまつた期間の休暇を承認しているのであるから、それを超えて更に一五日間(休日をも含めて)の休暇をこれに続けて当然に承認しなければならないものとまでいうことはできない。

3  そうすると、原告の前記年次有給休暇の時季指定に対して、被告会社がその当初の一五日間については被告会社の事業の運営上一応の支障はあるもののこれを承認し、残りの一五日間については事業の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使したことはやむを得ないものというべきであり、また、このように解したとしても原告においては少なくとも二週間の連続休暇を取得することができたのであるから年次有給制度の趣旨にも格別反するものではないというべきである。

従つて、原告が指定した年次有給休暇のうち昭和五五年九月六日から同月二〇日までのうち時短休日等を除く一〇日間について被告会社がした時季変更権の行使は適法なものであつて、原告はこの期間についてはなお就労義務を負つており、被告会社から就労するよう業務命令を発せられていたにもかかわらずその間の勤務を欠いたものとなるから、被告会社がこのことを理由として原告に対して職員懲戒規程(成立に争いのない甲第一六号証によつて認められる。)の「職務上、上長の指示命令に違反したとき」(四条六号)に該当するものとしてけん責処分としたことは正当である。また、〈証拠〉によれば、被告会社と労働者委員会との間において昭和五五年末賞与等について欠勤日数に応じて一日当たり支給額の一八〇分の一を減額するとの労働協約が締結されたことが認められるから、被告会社がこれに従い、同年年末賞与の支給に際して原告の賞与を四万七六三八円が減額したことは正当なものということができる。

六そこで、原告の再抗弁について判断する。

原告は、被告会社がした時季変更権の行使及び懲戒処分は原告の労働者委員会代表幹事としての活動を理由とする不利益処分であつて、不当労働行為として無効である旨主張する。そして、〈証拠〉によれば、被告会社の労働組合としては組合と原告が代表幹事を勤める労働者委員会とが対立しており、これまで被告会社と労働者委員会の間で各種の紛争を生じていたことが認められるし、また、原告がモスクワ特派員を終えて帰国した後に出発前に所属していた経済部に戻されることがなく、このことについて原告がとつた行動に対して戒告処分がされたことは当事者間に争いがない。しかし、他方で、被告会社がした前記の時季変更権の行使が正当なものであることはこれまで述べたとおりであるし、このことに加えて、〈証拠〉によつて認められる原告とほぼ同時期にされた労働者委員会所属の梅本記者及び長沼記者からの原告と同様の欧州旅行のための年次有給休暇の時季指定について被告会社が事業運営上の支障が格別ないことからこれをすべて承認している事実からすると、原告に対する時季変更権の行使が原告あるいは労働者委員会に対する不当労働行為によるものであると認めるには足りないというべきである。よつて、原告の再抗弁は失当である。

七よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今井功 裁判官田中豊は転任のため、同星野隆宏は退官のためそれぞれ署名押印をすることができない。裁判長裁判官今井功)

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